「え〜、どこ行こう〜」「私、実はこの辺あんまり知らないの笑」
「君の近所だろ?笑」
「近所で人と会うことって意外と多くないもん」
「おいしいとこがいい」
久々に会ったMちゃんは、少し大人びていて、魅力的であった。
待ち合わせには遅刻してきたけど。
彼女は、2年前に、派遣社員でA氏と同じ職場で働いていたことがあった。
数週間前、A氏は会社のイベントから帰る途中、
アルコールで少し足をフラつかせながら、
なんとか終電の時刻に間に合った。
ホームに電車が到着して、人がたくさん降りてきた。
その中にMちゃんもいたのである。
「あ」
「あ、お久しぶりです」
「久しぶり」「話したいとこだけど、これ終電なんだ、ごめん」
「じゃ、また。今度飲みにでも行きましょ」
「うん、連絡する」
人ごみが押し寄せる僅かな時間で、僕らはなんでもないような会話をして、別れた。
彼女の発言は単なる社交辞令だったと思うが、
久々に彼女と話がしたくなって、メールを送った。
そして、今に至る。
Mちゃんは25歳だが、いわゆる高級住宅地にある実家に家族と暮らしている。
たしか、長く付き合ってた彼氏がいた気がする。
会ったことはないが、写真で見たことがあった。
かなりガタイもよく、僕なんかじゃ比べ物にならなかった記憶がある。
「まだ、あの彼氏と続いてるの?」
「一応つづいてるよ、マンネリだけどねー笑」
あぁやっぱりか。
彼女は年上の僕にもタメ口である。
駅から少し歩いたところにある多国籍料理屋に入った。
店内はオシャレな作りで、土曜の夜ということもあって混んでいた。
テーブルに腰をかけると、すぐに
「本日こちらのテーブルを担当させていただきます、Bです」
黒いTシャツの女の子が挨拶にきた。
「私、ビール」
「えーと、僕はシャンディガフ」
「はい、かしこまりました」
A氏は今日、Mちゃんに会うことをK子には話していなかった。
「Aさんは、彼女できたー?」
無意識のうちに
「いや、いないんだよね」
と言っていた。
「相変わらず、仕事ばっかり?」
「うーん、そうだね」「なかなか良い娘もいなくてね」
「そろそろ結婚とか考えたりしないのー?」
「考えてるよ、ちゃんと」
「ふーん、Aさん大手企業だし、引く手あまたなのにー」
「んなことないって」
生春巻きにはパクチーが入っていて、
久々に食べるタイ料理は新鮮だった。
「あれー?」「もうー」
「何してんの?笑」
「これどうやって食べたー?」「なんか広がっちゃうんだけどー笑」
彼女の生春巻きは、完全に皮がやぶれ広がっていた。
それはただのサラダだった。
彼女はこういうドジなところがあった。
でもそれは計算とかではなくて、
とても可愛げがあった。
A氏は女子の行動には敏感だった。
女子は頭がいいことを学生の頃から学んでいた。
Mちゃんは、そんな疑い深いA氏が唯一「天然」と認められる女性だった。
Mちゃんは、ドジで、トロトロしてるが、
少なくとも仕事は早かった。
仕事をしている時もトロトロしているが、
なぜか気づくと終わっているという印象だった。
彼女にはなぜか「余裕」があった。
「エビおいしー」「Aさんも食べてくださいよー」
「食べてる食べてる」
MちゃんはK子に比べれば学歴は劣るが、
意外と色々真面目に考えていたりして、真面目な話でも話が弾んだ。
仕事のこと、結婚のこと、日常のこと。
K子と話していても、こんなに気を遣わず話が弾むことはなかった。
Mちゃんはささいなことでも無邪気に笑ってくれた。
「私の友達で良ければ良い娘、紹介してあげようかー?」
「んー」
分かっていたことではあったが、
自分が彼女の枠の外にいることを読み取ってしまい、
気が沈んでしまった。
A氏は、相手が自分をどう思っているかということに対して以上に敏感であった。
それが彼を救うこともあれば、ひどく落ち込ませることもあった。
「今は、べつにいいかな」
「変な女には、ほんと気をつけてねー」
「変な女って?」
「金目当てとかさー」
「それはすぐ分かるよ」
「いやー、けっこー分かんないってー」
非正規雇用、格差社会、教育、正社員
結婚、愛、理想、専業主婦、家庭、
定年、子供、適齢期、年収、年金
なんてくだらない世の中なんだろうかと思った。
たしかに、遺伝子を残す意味で、
配偶者に金を求めるのは生物的にも合理的かもしれない。
「また会おうね」
その言葉にA氏は少しの期待を寄せていた。
「うん、会おう」