紺、黒、灰、本当は桃を。
アデルノが、毎朝のライニングに行かなくなって、
彼は毎晩、夜更かしを覚えるようになった。
ベッドやソファに横になり、
ただただ、ボーッとする。
ただただ、
ボーッと。
悩んでいるわけでもない、
苦しんでいるわけでもない、
アデルノは、それを「さみしさ」だと、
名付けることにした。
ただ、それは温もりを求める「さみしさ」とは、また違った。
どちらかというと、埋まらない穴を埋めていくような、
そんな感覚だ。
思考も働いている、活力も充ちている。
しかし、「穴」は埋まらない。
僕は一日8時間は寝ないとダメだったんだ、
昔は。
今は毎晩4時間くらい。疲れているのに、「穴」をどうにか埋めようとしてしまう。
こんな体調じゃ、きっと明日も走れるまい。
いや、走らないから、「穴」が出てくるのか。
妻子がいても、
こんな気持ちになる夜がおとずれるんだろうか、
そう考えると、ゾッとした。
アデルノにとって、家庭を持つ事は、
最後の、「何か」から逃れる手段だと思っていたから。
朝は、来て、起きなくちゃいけなくなる。
どうせ、明日も、そうなるに決まってる。
線の上を、そう、線の上を、
ずっと、はみださないように、
ずっと前から、
起きて、社会の一部として動いて、離れて、また寝て。
アデルノは、深夜であったにも関わらず、
ピアノを弾き始めた。
最初は、一音ずつ、ゆっくりと、響かせながら。
徐々にゆったりとしたリズムで、
一定の音の羅列を。
まるで、「穴」を埋めるかのように。