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2013年5月8日水曜日

A氏の平凡な日常⑬

Aが泣いたの。

あの人、子供みたいに大泣きしたのよ。





その時何を話したのかはもう覚えてないわ。
彼はとにかく大泣きして、捨てるようにお札を置いて、店を出て行ってしまったの。

テーブルには、赤ワインと冷え切ったピザが残ってて、
店員にも変に気を遣わせちゃって、とにかく最悪だったわ。


正直言って、彼があんなに感情的な人だなんて知らなかった。
怒ることもなければ、大喜びすることもなかったもの。
いつもポーカーフェイスで、私からしたら少し物足りないぐらいだった。
それとも、私が気づいてなかっただけかな?


本当のことを言えば、僕は白ワインが良かったんだ。


あぁ今思い出してきた。
たしか彼は、私が嘘をついたとか言っていた気がする。


僕が悪魔になったら、
いや、ならなくて良かったんだ。


たしかに私は嘘をついたけれど、
それは取るに足らない嘘であったし、
彼は私の嘘に敏感すぎたと思う。理想を持っていたからだと思う。


女性は皆、悪魔だから。
でもそれは、男のせいだから。
悪魔にならないと、
女性はやっていけないんだって。
僕は、勝手にそう解釈してた。


でも、正直驚いたわ。彼が私の些細な嘘を見抜くなんて。
まぁもちろん、既に嘘をついてるんだから、嘘で返してしまったけれどね。


僕は、K子の嘘を明かすことはしたくなかった。
あれは明らかに過ちと言えた。




僕はK子の嘘が許せなかった。
それはたしかに些細なことだったが、その嘘に優しさを感じる事はできなかったんだ。

そのことは闇に葬り去ってしまうべきだった。
墓場まで持っていくべきだった。
僕はK子が知る以上にK子を知ってしまっていた。



私が悪いはずなんてなかった。
仮に彼が私に傷ついたとしても、
それは仕方のないことで、
女性が傷つかないための必要悪みたいなものだったのよ。


「なんで黙るわけ?」「あんたいつも自分の中で考え込んで、私には何も言わないで」
「僕は君を傷つけたくないから口に出さないだけだ」
「何よ、傷つけたくないとか」「べつにあんたに何言われたって傷つかないわよ」
「なんで、君のことを思ってるのに、そんな風に言われなきゃいけないの?」
「私のこと?あんたいっつも自分のことばっかりじゃない」「結局自分が大事で、自分の中で勝手に完結してるだけでしょ」「自分に酔ってるだけじゃない、気持ち悪い」


その言葉を聴いた瞬間に僕は涙をこぼしてた。
なんで、こんな風に言われなきゃいけないんだって。
この人とは分かり合えないんだって。
頭が真っ白になっていた。


涙を流すのは、脳が不確実性に対処しきれなくなった時なんだ。
僕の脳は、まだまだ未熟だったのかもしれない。


僕はとにかく涙を手で拭ったんだ。
そしたら、コンタクトが外れて、周りが何にも見えなくなってしまったんだ。
それでも涙は止まらなくて。
とにかく、少しでもK子から離れて落ち着く必要があったんだ。
スペイン坂を急いで下っていった。周りが何も見なくて、渋谷の街が違う景色に見えた。


彼を追いかけていくっていうストーリーは私の中にはなかったわ。
だって、もうすでに彼に対しては冷めきっていたんだもの。



わすれないぞ、ぼくは
わすれないぞ、わすれないぞ
ぼくは、わすれないぞっ



渋谷の街に、雨が降り出した。
その雨は、街の汚れきったものを流していた。
僕はその中をてくてくと、
てくてくと歩いていったんだ。

てくてくと。

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