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2011年10月1日土曜日

ハンカチ落とし

(基礎の詰め込み)
勉強、語学、音楽など人が何かしらの技能を身につける時、
最初に基礎の詰め込みは避けて通れないものだと思います。

僕は割とこれが苦手なようです。
逆にここを乗り越えれば、その後の応用は試行錯誤で大概うまくゆきます。


人は好きなことに対して自然に夢中になって、
そこで並々ならぬ集中力を発揮して、不快感とか嫌な思いは一切せずに
そのことを修得できるような気がしてました。
そして、それが理想型だと思ってました。

要するに、キャプテン翼で翼くんがボールと遊びながら友達になり技を磨いていったような形です。


ただ最近は、そんな形では何かを一人前に身につけることは不可能な気がしてきました。
最初の基礎の詰め込みで嫌な思いとかを乗り越えなきゃいけない気がするんです。


なんでそう思ったかっていうと、
自分の過去に照らし合わせてみたからです。


バスケにしろ英語にしろ、自分が人より身につけられたと思うものは、
最初の基礎の詰め込みをしっかりやってきたものです。
そこには苦痛や辞めたい逃げたいというネガティブな感情もありました。


英語はそれが顕著でした。
僕は洋楽とかを聞いていて、それなりに英語はできていたつもりなんですが、
ある時から成績が下がり始めて、やべぇってなって。
そいで、グノーブルっていう塾に駆け込み寺みたいなカンジで高2の終わりから入って、
どうせフツーの塾だろって舐めてました。

だけど、中山先生という方がそれはもう厳しい人で(めちゃくちゃいい先生ですが)、
毎回の小テストで死ぬほど凹んで、でも容赦なくて、
僕は毎回毎回、授業の前に憂鬱でした。
塾に歩いていくと、脳みそん中でグワーンという嫌な感覚が毎回襲ってきました。

それでも、耐えて
馬鹿みたいに単語復習して、
馬鹿みたいに音読して、、、

そしたらいつの間にか英語ってものの形が見えてきて、
あとはなんでもかかってこいみたいなカンジになったんです。



僕は今ピアノ(キーボード)を弾けるようになろうとノロノロやっているのですが、
そういう意味で基礎の詰め込みができていないから、全然「ピアノを弾く」ということの形が見えてこないんです。
形の見えない敵と闘っているわけです。

ということで、ピアノの基礎の詰め込みをしなきゃあかんなぁという話です。





(バスケの話)
僕は世界でスペイン代表のプレーが一番好きです。
決して身体能力がそこまで優れているというわけではないが知性とチームの連携が抜群に優れ、個々が役割以上をこなすことで芸術的なプレーを表現してる。
強いし、上手いし、観てて面白い。

バスケだけでなく、サッカーも芸術的です、スペインは。
なんなんでしょう、あの国は。






(片付けるべき物事)
どんどん溜まってく。
直感直感で過ごしてたら、山積みになってた。
それをさらに直感で片付ける。
かかってこい。

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