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2013年9月3日火曜日

A氏の平凡な日常⑭


そうだ。





ゲームだ。


「~連絡遅くなってごめん、土曜の13時とかどう?~」


ゲームだ。


「~久しぶり、元気?~」


そう、


「Aさんは素直すぎるのよ」

結局、ゲームだ。


「いいよ」


ゲームだ。


「電気消して」


ゲーム。


「なんで、最近連絡してくれないの?」
「なんか、体調崩してた」


「そうなの?笑」


「バカにしてるでしょー?」
「うん」


「なんでー?」
「俺が聞きてーわ笑」
「そういうの興味ないのかと思ったー」


ゲームじゃねぇか。


「手つなごっか」


これも。


「私、彼氏できる気がしないわー」


あれも。


「あ、終電しらべなきゃ」

全部。

「Aさんて彼女いないの?」

全部。


「ダメ。それ以上したら、止まらなくなっちゃう」

いっそ、

生けること、

「うん、できれば新宿がいいな!」


それこそすべて。

「はじめまして」

ゲームだ。





パチン!
「はい、カットォ」
「おつかれさまでーす、北川さん、ファイナルでーす」

「はい、おつかれさま笑」
「あぁどうも」

「皆さん記念撮影するんで集まってくださーい」
「これ、全員入んのか?笑」

「雲行き怪しくなってきたんでパッパと済ませますよー」
「北川ぁ、せっかくラストなんだから笑えよ!笑」


「はい、チーズ!」


「北川くん、お疲れ」
「監督、本当にありがとうございました」
「風邪引かないように、すぐシャワー浴びて来なさい」
「はい」



僕は何故「あれ」で監督からOKが出たのかが分からない。
達成感というより、疑問がまず残った。



「これ、本当は監督として失格なのかもしれないんだけど、最後のA氏のシーンに自分の中で答えがなかったの」「君を試したというか、君の演技を見てたら君が創りだしたものを純粋に見てみたくなったの」
「はぁ」
「おそらく、この作品は賛否両論だと思うし、大した興行収入は見込めないよ」「だけど、君は引き受けてくれた」「本当にありがとう」
「いえ、とんでもないです」「こんな大役に抜擢していただいて光栄でした」
「よくA氏を演じきってくれた」
「ご指導ありがとうございました」


「失礼します!」「監督、シーンのセッティング整いました!」
「おう、そうか」
「どうぞ」
「また、後でな」「今日の打ち上げ来るよね?」
「ごめんなさい」
「ちぇ、やっぱ北川くんはそうでなくちゃな、はは」
「じゃ、また」
「ありがとうございます」

バタン/


「ふーーー」

あ、煙草が切れてるや。





パンポン♪






『未読メールが一件あります。』












from:宮本亜衣
『今日、打ち上げ行く?(ビール)』



「だから、」
「行かないっての」



終。

2013年5月8日水曜日

A氏の平凡な日常⑬

Aが泣いたの。

あの人、子供みたいに大泣きしたのよ。





その時何を話したのかはもう覚えてないわ。
彼はとにかく大泣きして、捨てるようにお札を置いて、店を出て行ってしまったの。

テーブルには、赤ワインと冷え切ったピザが残ってて、
店員にも変に気を遣わせちゃって、とにかく最悪だったわ。


正直言って、彼があんなに感情的な人だなんて知らなかった。
怒ることもなければ、大喜びすることもなかったもの。
いつもポーカーフェイスで、私からしたら少し物足りないぐらいだった。
それとも、私が気づいてなかっただけかな?


本当のことを言えば、僕は白ワインが良かったんだ。


あぁ今思い出してきた。
たしか彼は、私が嘘をついたとか言っていた気がする。


僕が悪魔になったら、
いや、ならなくて良かったんだ。


たしかに私は嘘をついたけれど、
それは取るに足らない嘘であったし、
彼は私の嘘に敏感すぎたと思う。理想を持っていたからだと思う。


女性は皆、悪魔だから。
でもそれは、男のせいだから。
悪魔にならないと、
女性はやっていけないんだって。
僕は、勝手にそう解釈してた。


でも、正直驚いたわ。彼が私の些細な嘘を見抜くなんて。
まぁもちろん、既に嘘をついてるんだから、嘘で返してしまったけれどね。


僕は、K子の嘘を明かすことはしたくなかった。
あれは明らかに過ちと言えた。




僕はK子の嘘が許せなかった。
それはたしかに些細なことだったが、その嘘に優しさを感じる事はできなかったんだ。

そのことは闇に葬り去ってしまうべきだった。
墓場まで持っていくべきだった。
僕はK子が知る以上にK子を知ってしまっていた。



私が悪いはずなんてなかった。
仮に彼が私に傷ついたとしても、
それは仕方のないことで、
女性が傷つかないための必要悪みたいなものだったのよ。


「なんで黙るわけ?」「あんたいつも自分の中で考え込んで、私には何も言わないで」
「僕は君を傷つけたくないから口に出さないだけだ」
「何よ、傷つけたくないとか」「べつにあんたに何言われたって傷つかないわよ」
「なんで、君のことを思ってるのに、そんな風に言われなきゃいけないの?」
「私のこと?あんたいっつも自分のことばっかりじゃない」「結局自分が大事で、自分の中で勝手に完結してるだけでしょ」「自分に酔ってるだけじゃない、気持ち悪い」


その言葉を聴いた瞬間に僕は涙をこぼしてた。
なんで、こんな風に言われなきゃいけないんだって。
この人とは分かり合えないんだって。
頭が真っ白になっていた。


涙を流すのは、脳が不確実性に対処しきれなくなった時なんだ。
僕の脳は、まだまだ未熟だったのかもしれない。


僕はとにかく涙を手で拭ったんだ。
そしたら、コンタクトが外れて、周りが何にも見えなくなってしまったんだ。
それでも涙は止まらなくて。
とにかく、少しでもK子から離れて落ち着く必要があったんだ。
スペイン坂を急いで下っていった。周りが何も見なくて、渋谷の街が違う景色に見えた。


彼を追いかけていくっていうストーリーは私の中にはなかったわ。
だって、もうすでに彼に対しては冷めきっていたんだもの。



わすれないぞ、ぼくは
わすれないぞ、わすれないぞ
ぼくは、わすれないぞっ



渋谷の街に、雨が降り出した。
その雨は、街の汚れきったものを流していた。
僕はその中をてくてくと、
てくてくと歩いていったんだ。

てくてくと。

A氏の平凡な日常⑫

「私、瑛太あんまり好きじゃない」

A氏は気づくと、K子の言葉を回想していた。
電車の中吊り広告には瑛太が写っていた。

「なんで?」

「なんか、狙ってるかんじがするの」

「狙ってる?」

「それで分かんなきゃ分かんないよ笑」


A氏は、最近聴いていなかったアーティストの曲をかけてみた。
それはスピッツであったりした。

それはいつもより心に響いたと思った。




電車を降りて、改札口を通っても、頭の中からK子は消えなかった。

僕は、K子と出会う前は何を考えて歩いていたんだろうか。

その答えにはいつまでも辿り着かなかった。
それはすなわち、未だ彼が盲目的であったということだ。
30代半ばで盲目的な男など、醜いだけだった。
少なくとも彼自身はそう思っていた。



祝日の街は賑わっていた。
A氏は人々から逃げるようにして、本屋に駆け込んだ。

途中、A氏は女性誌の前で足を止めた。
好きなタレントが表紙を飾っていたからだ。

その雑誌を手に取り、ページをめくった。
それはどうやら働く女性向けの雑誌だった。
女性向けの製品広告が雑誌を彩っていた。

雑誌の後半には、コラムのようなものがあり、
恋愛相談のようなコーナーになっていた。
A氏は中学生の時に姉のファッション雑誌のコラムをこっそり読んでいたことを思い出した。


雑誌に飽きて、本屋をゆっくり歩き回った。
途中、最近読んでいなかった漫画の新刊を一冊買ってみた。
そして、早々に本屋を出た。

空腹でもなかったが、
お馴染みの定食屋に足を運んだ。
お馴染みと言いつつもA氏は無愛想なので、店員には認知されていないようだった。

昼すぎだったので、客は少なく、
いつもの生姜焼き定食を注文し、
鞄から、購読している金融雑誌を出して読み始めた。
さっき購入した漫画より、その雑誌を読みたくなったのだ。

「お待たせしました、生姜焼き定食です」

初めて見る娘だった。
色白に黒髪で、澄んでいた。

「あぁどうも」


電車の中で、ようやく購入した漫画を開いた。
久々だったので前後関係を思い出すまで時間がかかった。

その日、A氏は友人の結婚式の2次会に出る予定だった。
特に用もなかったので、2次会の最寄り駅に向かうことにしたのだ。
2次会の最寄り駅までは急行に乗ってしまえば早かった。
けれど僕は各駅に乗っていた。

その路線にはK子の実家があった。

僕は、もしかしたらK子に会えるかもしれないとか、
そんな気持ち悪い希望を抱いていたんだと思う。
仮に会ったとしても、何があるわけでもなく、
もし仮に何かあったとしても、それは嫌なことだろうと思った。
けれど、気づけば僕はわざわざ各駅に乗っていたんだ。

そのまま、僕はK子の駅を過ぎた。
そして、そのまま2次会の駅まで乗っていく、
はずだった。

しかし、僕は気づいたら、降りて、
折り返していたんだ。
何度も、何度も。

男は終わった恋愛を引きづりやすいと言う。
A氏の場合は、そのことを意識しながらも、無意識にそうなっていたのだ。
それはストーキングという感覚とは違った。
目標物を追うわけではなく、あくまで目標物の事をぼーっと考えていたかったのだ。



それは単なる言い訳に過ぎなかった。
客観的に見て、A氏は病と言っても過言ではなかった。

僕は、何をしているんだろう。

彼は病だった。

いや、僕はただ電車で漫画が読みたいだけなんだ。

彼には漫画はどうでもよかった。

僕は、K子にいつまでも思いを馳せるようなCreepなんかじゃない。

彼はCreepだった。

僕は、全然変なことをしていない。

彼は病だった。

僕は病なんかではない。

彼は病だった。

僕が恋の病なんて。

彼は、恋の病だった。

僕は正常だ。少しK子のことが気になるだけだ。

彼は異常だった。

僕は、異常なんかじゃない。

彼は異常だった。

僕は異常ではない。

彼は異常だった。

僕は、、、


異常かもしれない。

2013年4月21日日曜日

A氏の平凡な日常⑪

A氏は、お盆休みで丁度帰省していた中学の同級生と会っていた。

田中(男)と西野(女)。




「ごめん、ちょっとトイレ」
「また〜?」


「失礼しまーす!ほっけの塩焼きと、だし玉子でーす」
「はい、どーもー」


「で、なんだっけ?」
「いやぁだから、なんであんたが結婚できないのかって話じゃない」
「あぁそうだそうだ」
「私だってさ、正直30近づいてきてさ、焦ったわよ?で、そんな時出会ったのが今の彼なのよ」「正直最初は彼に対して全然ときめかなかったわよ?だってその前の恋愛がもう常にキュンキュンして・・・」

A氏はだし玉子に大根おろしをのせながら、頷き、聴いているふりをしていた。

「でもね、今の彼がね、私にこう言ったのよ。「おじいちゃんとおばあちゃんになっても/」

西野は、何歳になっても乙女だった。

「それ聞いた時に私、確信したの」「あ、この人でいいんだ、って/」

A氏はすでに内容についていけてなかったが、西野は止まらなかった。

「だから、そういうもんなのよ、結婚て」「そりゃあね、実際/」



鮮やかに恋してにんじゃりばんばん♪なんだかにんじゃりばんばん♪




(あ。)



恋してにんじゃりばんばん♪愛してにんじゃりばんばん♪


「でもね、それじゃだめなのよやっぱり」「私もね、そういうところ無駄に臆病だったりしたけど/」


にんにんにん♪君だけだから♪


その曲は、K子が口ずさんでいた曲だった。
A氏は原曲を初めて聴いた。

「子供のこととかも、やっぱり/」


手を伸ばしても さわれない光のようだから♪


A氏はいつまでも聴いていたい気持ちだった。
それは、西野の話ではなく、にんじゃりばんばんの方だった。


飛んでけにんじゃりばんばん♪


「私って、何歳になっても子供なのよね〜結局、結婚して/」

西野の話は、雑音と化し、
僕は曲の世界に浸っていた。
上機嫌に口ずさむK子も回想された。

あれは、いつだっただろうか。
秋な気がする。

「本当、私って変わってないわよね〜昔からさ〜だってこの前もさぁ/」


リン♪リン♪リン♪鳴らないメロディー♪


K子と終わって、
オキトシンやドーパミンが不足していた状態だったのかもしれない。
そこに、その楽曲はなんともいえない安心感を与えてくれたんだと、僕は思っている。

「いやー、ほんと、私みんなに迷惑かけてたわ」「悪いとは思ってるんだけどね」

曲が終わって、
西野のコトバだけが残った。


「あざやかに、とんでけにんじゃりばんばん♪ねんねけにんじゃりばんばん♪ふんふんふん。。。」


「ん?なに歌ってんのよ?」
「あぁ、ごめん」

2013年4月8日月曜日

A氏の平凡な日常⑩

K子がイタリアに行っていたのは2週間だった。

旅行先の写真が添付されたメールが数日に一度届いたが、
見ていて気分の良いものではなかった。


A氏は連日の残業により、体が重くなっていくのを感じていた。


気分も明るくない。こんなときは運動が解決になることを僕は知ってる。



金曜の夜に、早めに寝て、
次の日、昔よく参加していた会社のテニスチームの練習に行くことにした。


A氏の会社は財閥系金融機関であり、その財閥系の会社数社合同のテニスチームだった。

中には全国大会に名を連ねたものもいたが、チーム自体はただの男女が群れる場でしかなかった。


A氏はその中でも、本気でテニスに向き合う珍しい存在だった。
最初のうちは男女交流を楽しんでいたが、もの足らなくなり、本気のテニスに没頭した。

さすがに全国レベルの人々には敵わなかったが、時折そんな彼らに度肝を抜かせるショットを打てた瞬間が好きだった。




朝御飯を食べ、自転車で練習上まで向かった。運動不足のせいか、少し早めに自転車をこいだだけで息があがってしまった。
A氏は良いウォーミングアップだ、とスピードをさらに早めた。



その日、練習場には明らかに人が少なかった。どうやら今日は練習が中止らしく、僕を含めそのメールを見ていない人々が間違って来てしまったのだ

しばらくすると、同期の前田が現れた。

こちらに気づいたが、とても罰が悪そうだった。
それは恐らく隣に新入社員の娘を連れていたからだ。

前田はこの練習を管理している責任者だった。たいしてうまくはないが、周りからはノリが良いとされるタイプだった。

練習を管理し、メーリスを回している前田本人が練習のない日に誤って来てしまうということはありえなかった。

僕はなんとなく嫌なことを考えていた。それは邪推かもしれなかった。


前田は今月に彼女が妊娠したことが発覚した。
そして、籍を入れることにしたらしい。前田は飲み会の席で、できちゃった結婚をしたことをぶっちゃけたが、それはフツーとは違っていた。

自分が相手の妊娠にも動じず、笑顔で「一緒に育てていこう」と言ったんだと、自ら語っていた。

前田はできちゃった結婚をできるだけ美化し、格好つけていた。


A氏にとってはそれに違和感を感じられずにはいられなかった。
彼は日頃から女遊びに夢中であったし、彼に自分を美化する習性があることも知っていたからだ。



A氏はそうやって、いつまでも他者の欠陥を受け入れることはなかった。
それが彼を苦しめていたかもしれないし、彼を安定させていたかもしれない。




A氏は間違えて来てしまった人たちとラリーを始め、嫌気をボールに叩きつけた。


前田は新入社員のFちゃんと親しい様子でラリーを続けていた。

前田はA氏を気に入ってはいなかった。
仕事においても外見にもおいても、前田はA氏に劣等感を感じていた。前田の努力はA氏の前では報われることは少なかった。


ベンチで休憩していると、前田とFちゃんが自販機で買ったポカリスエットとネクターを持って近寄ってきた。

「A、相変わらず飛ばしてるなぁ笑」
「もう疲れちゃったよ」
「Aさん、うまいですねー」
「Fさんもうまいじゃん」
「私は全然ですよー」

「Fちゃん、ポカリいる?ネクターじゃ甘いでしょ?」

A氏もネクターだった。

しかし、前田がA氏にポカリを勧めることはなかった。

前田はその事に気づいたが、あえて触れなかった。

「あ、Aさんもネクターだー笑」

Fちゃんが何かを続けようとしたが、

「そういえば、お前あの彼女とはうまくいってんのかよ?」

前田は不自然に遮った。

「うん。なんかイタリア行っちゃった」
「なんだよそれ、おいてけぼりかよ笑」
「いいなー、イタリアー」
「イタリア人と浮気してんじゃねーの笑」

できちゃった結婚から二週間後に新人の女の子と楽しくテニスしている男はなかなかユーモアがあった。

「イタリア人、かっこいいしね」

僕はあえて否定はしなかった。

「冗談だよ、そこは否定しとけよ笑」
「Aさんて面白い人なんですね」
「そうだよ。僕は面白い人だよ」

僕は調子に乗ってみた。

Fちゃんは笑っていた。
前田は笑っていなかった。


その後も、A氏はテニスを続けた。
無理な動きをしすぎたせいか、足を中心に筋肉痛が襲ってきた。


前田は頻繁にこうして女性を車でテニスまで送り迎えしていた。



前田という男は、一般的に「肉食」と呼ばれる男性だった。
A氏は「肉食」であることに対しては嫌悪を示さなかったが、
男女であからさまに態度を変えられるのは不快に感じていた。




それでも、A氏はこの世の原理を冷静に把握していた。


僕は分かってるんだ。
最後に生き残るのは前田みたいなやつなんだ。悲しいけど、そうなんだ。

A氏は家に戻り、靴を脱いだ。
夕日が眩しく差し込み、靴下には砂利が混じり、不快だった。

2013年2月17日日曜日

A氏の平凡な日常⑨

K子はどの写真も同じ顔だった。

それは少し整い過ぎていて、不気味なくらいだったかもしれない。





A氏は祝日の昼下がりにインターネットでアニメの動画を探していた。
A氏はそこまでアニメを見る方ではないが、
人々が絶賛するものに対しては、目を通していた。

物を見てから判断したかった。


A氏は一度、K子にアニメの話をしたことがあったが、
気づかぬうちに別の話題に変わってしまっていた。
それはきっとK子がその話題に興味がなかったからだ。



動画はすぐ見つかった。
嫌悪感を示してしまうような画だったが、
我慢してしばらく見てみた。


画自体はチープな作品だったが、
テーマはとても普遍的で、考えさせられることが多かった。
むしろ他のことを考え過ぎて、本編の内容を聞き逃してしまうほどだった。


全12話で、4話まで見終わった。
こういうものは一気に片付けなければならない。
5話目をクリックするも、動画サイトから削除されていたようで、
見ることができなかった。

その後、5話を探し続けたが、
途中で断念してしまった。


ベッドに横たわり、
テレビを眺めた。

芸人の旅行番組だった。

K子も、海外旅行に行っていることを思い出した。
イタリアに親友と行くと言っていた。

彼女はヨーロッパやアメリカの都市部など、
キラキラしたところにしか興味がなかったように思う。


だから、旅行の話はあまり噛み合なかった。
旅行というのは、その人の価値観が反映されやすい。
その時は、何も考えないようにした。
この時から、A氏は「何か」に気づき始めていたのかもしれない。
ただ、それはA氏の未熟さでもあったと思われる。

ブー、ブー、ブー
その時、ケータイがメールを着信した。

会社の同期のFちゃんからである。

同期の女の子が寿退社をするので、みんなでメッセージを送りたいという旨だった。

僕はその女の子とほとんど面識がなかったが、
それらしいことを書いてFちゃんに返信した。


ベッドに横たわって、ぼーっとした。
5話、イタリア、同期の結婚


時刻は15:39。





2012年11月27日火曜日

A氏の平凡な日常⑧

「え〜、どこ行こう〜」「私、実はこの辺あんまり知らないの笑」
「君の近所だろ?笑」
「近所で人と会うことって意外と多くないもん」
「おいしいとこがいい」

久々に会ったMちゃんは、少し大人びていて、魅力的であった。
待ち合わせには遅刻してきたけど。



彼女は、2年前に、派遣社員でA氏と同じ職場で働いていたことがあった。



数週間前、A氏は会社のイベントから帰る途中、
アルコールで少し足をフラつかせながら、
なんとか終電の時刻に間に合った。

ホームに電車が到着して、人がたくさん降りてきた。

その中にMちゃんもいたのである。

「あ」
「あ、お久しぶりです」
「久しぶり」「話したいとこだけど、これ終電なんだ、ごめん」
「じゃ、また。今度飲みにでも行きましょ」
「うん、連絡する」

人ごみが押し寄せる僅かな時間で、僕らはなんでもないような会話をして、別れた。


彼女の発言は単なる社交辞令だったと思うが、
久々に彼女と話がしたくなって、メールを送った。


そして、今に至る。


Mちゃんは25歳だが、いわゆる高級住宅地にある実家に家族と暮らしている。
たしか、長く付き合ってた彼氏がいた気がする。
会ったことはないが、写真で見たことがあった。
かなりガタイもよく、僕なんかじゃ比べ物にならなかった記憶がある。


「まだ、あの彼氏と続いてるの?」
「一応つづいてるよ、マンネリだけどねー笑」

あぁやっぱりか。

彼女は年上の僕にもタメ口である。
駅から少し歩いたところにある多国籍料理屋に入った。


店内はオシャレな作りで、土曜の夜ということもあって混んでいた。

テーブルに腰をかけると、すぐに
「本日こちらのテーブルを担当させていただきます、Bです」

黒いTシャツの女の子が挨拶にきた。

「私、ビール」
「えーと、僕はシャンディガフ」
「はい、かしこまりました」


A氏は今日、Mちゃんに会うことをK子には話していなかった。


「Aさんは、彼女できたー?」
無意識のうちに
「いや、いないんだよね」
と言っていた。

「相変わらず、仕事ばっかり?」
「うーん、そうだね」「なかなか良い娘もいなくてね」
「そろそろ結婚とか考えたりしないのー?」
「考えてるよ、ちゃんと」

「ふーん、Aさん大手企業だし、引く手あまたなのにー」
「んなことないって」

生春巻きにはパクチーが入っていて、
久々に食べるタイ料理は新鮮だった。

「あれー?」「もうー」
「何してんの?笑」
「これどうやって食べたー?」「なんか広がっちゃうんだけどー笑」

彼女の生春巻きは、完全に皮がやぶれ広がっていた。
それはただのサラダだった。

彼女はこういうドジなところがあった。
でもそれは計算とかではなくて、
とても可愛げがあった。


A氏は女子の行動には敏感だった。
女子は頭がいいことを学生の頃から学んでいた。
Mちゃんは、そんな疑い深いA氏が唯一「天然」と認められる女性だった。

Mちゃんは、ドジで、トロトロしてるが、
少なくとも仕事は早かった。
仕事をしている時もトロトロしているが、
なぜか気づくと終わっているという印象だった。
彼女にはなぜか「余裕」があった。


「エビおいしー」「Aさんも食べてくださいよー」
「食べてる食べてる」


MちゃんはK子に比べれば学歴は劣るが、
意外と色々真面目に考えていたりして、真面目な話でも話が弾んだ。

仕事のこと、結婚のこと、日常のこと。
K子と話していても、こんなに気を遣わず話が弾むことはなかった。
Mちゃんはささいなことでも無邪気に笑ってくれた。


「私の友達で良ければ良い娘、紹介してあげようかー?」
「んー」

分かっていたことではあったが、
自分が彼女の枠の外にいることを読み取ってしまい、
気が沈んでしまった。


A氏は、相手が自分をどう思っているかということに対して以上に敏感であった。
それが彼を救うこともあれば、ひどく落ち込ませることもあった。

「今は、べつにいいかな」
「変な女には、ほんと気をつけてねー」
「変な女って?」
「金目当てとかさー」
「それはすぐ分かるよ」
「いやー、けっこー分かんないってー」


非正規雇用、格差社会、教育、正社員
結婚、愛、理想、専業主婦、家庭、
定年、子供、適齢期、年収、年金


なんてくだらない世の中なんだろうかと思った。
たしかに、遺伝子を残す意味で、
配偶者に金を求めるのは生物的にも合理的かもしれない。


「また会おうね」

その言葉にA氏は少しの期待を寄せていた。

「うん、会おう」

2012年9月21日金曜日

A氏の平凡な日常⑦

静寂と切なくヒヤリとした朝がA氏を襲い目が覚めたが、
A氏は気づかぬフリをして寝返りを打った。


部屋の冷たい空気と灰色の空と昨晩のウィスキーの微かな香り。
そして、冷えきった白色のシーツ。


そのうち、ステレオからアラームがかかり始めた。
クラシックが流れ始めた途端に、
A氏は体を起こしてアラームを止めた。
A氏は大きく息を吐き、身体中に寒さを感じた。

もう一度布団にくるまった彼の頭脳は、
無意識に現状を整理した。


そして、K子との日々が終わったことを再認識した。


血がどんどん溢れ、滴り、温もりを失い、固まり、冷えきって、濃い紫色になっていくような、
そんな感覚だった。


冷えきった冬の朝に、そんな血の跡はA氏を空虚な精神状態に陥らせていた。


愛の言葉をささやき、口づけを交わし、抱き合い、二人で眠る日々にあったあの温かさは失われてしまったのだった。


ストーブの電源を入れ、また布団に戻った。


脳裏にはまだ、K子と交わした汗や唾液などの決してきれいとは言えない体液の匂いが残っていた。
そんな不潔なものでさえ、今の彼には温かいものに感じられた。


僕は、なんで、こんなに悲しいんだろう。
そう考えた瞬間に反射的に脳はそう考えることから避けた。


僕とK子は、なんで、こうなったんだろうか。


ストーブのおかげで部屋は少しずつ暖まってきた。

A氏はK子との日々をハイライトで何度も再生した。


そして、再生する度に、なぜかそのストーリーは変わっていった。


事象としての過去は変わることはなかったが、
主体的感覚による過去は無限に変わりえた。



窓の結露が外の灰色の景色を歪ませている。

2012年9月15日土曜日

A氏の平凡な日常⑥

:K子と早く会いたい(絵文字):

A氏はそんな文章を電波を通して送ってしまえるようになっていた
彼女に夢中になっている時は彼が唯一愚かになれる瞬間だった。


:私もだよ(絵文字):
:仕事お互いがんばろうね(絵文字):

社内のエレベーターでA氏は幸せそうだった。
そして、バイタリティに溢れていた。



「なに、彼女からのメール?笑」
「やめてくださいよ笑」
「嬉しそうだなーお前」
「今日どこにします?」

カテゴライズやら、冷めた見方は彼からどこかへ行ってしまったようだった。



「いらっしゃいませー」「2名様ご案内でーす」


なんともいえない充実感に包まれ、店内の音楽も心地よかった。
定食でサラダから食べる習慣さえも、どこかに行ってしまった。


「俺あの店員さんタイプだわ」
「新しい娘ですかね」
「ショートヘアーっていいよなぁ」
「派遣の娘もショートヘアーですよね」
「あれは違う」「ショートヘアーは選ばれたものしか似合わん」
「あはは」
「おお、すまんな」

A氏は笑いながら上司のグラスに冷水を注いだ。
K子のショートヘアーを想像したが、うまくいかなかった。


「ありがとうございましたー」
「ごちそうさまです」

「ごちそうさま」


「あの娘、俺にめっちゃ笑顔でお釣り渡してきたぞ」
「接客マナーですよ笑」
「いや、あれは違った」
「あはは」

「明日もあそこな」



愛は、彼に欠けていた人生における1パーツであり、経験から学ぶ傾向の彼にとって、何よりも予想を裏切られた要素の一つとなった。
愛さえも結局科学的で合理的なものであるというもはや信念に近かった彼の考えは頭の海底に沈みきっていた。
彼が考えていた愛というのは結局のところ彼自身に包括されていたもので、それは彼次第だった。


2012年9月3日月曜日

A氏の平凡な日常⑤

石の階段を上ったところに大きな一軒家があって、その中に僕はひっそりと侵入していく。
早朝、涼しくて静かだ。

中には誰かいないかとても不安になってきた。
その家の奥にしまっている木の箱を僕はなんとか手に入れる。
箱の中には大きめの刃物がしまってある。

その家を急いで、出る。
心拍数がとても上がっているのがわかる。


気づくと、僕の目の前には、真っ赤な血が広がっている。
階段に血が一面に飛び散って。


これは僕が刺したの?


僕はその場から逃げ出す。
怖い、怖い。


僕は焼きそばのカップ麺からお湯を取り出して、
ソースの封を切ったんだ。

あれ、もう19時を過ぎてるじゃないか、
あの女の子と花火の約束したじゃないか。

あの公園で。
間に合わないよ、もう。
やきそばも作ってしまったし。

あの女の子、誰だっけ。
誰だっけ、誰だっけ。。。



懐かしさと恐怖と焦りと期待がまだ残ってる。
ふわふわ気持ちいい。

A氏は夢を見たことを自覚して、余韻に浸った。


夢に出てきた女の子はK子ではなかった。

ただ、惹かれる女性であった。
僕のことを公園で待ってくれている女性だった。


夢の細部を思い出そうとしたが、それ以上は出てこなかった。
その余韻を残したまま、A氏は満員電車に乗った。


朝日がまぶしく、中途半端にクーラーが効いていた。


そうだ、K子からのメールを返さなくちゃ。

2012年8月30日木曜日

A氏の平凡な日常④

花火は一斉に打上げられてスタートした。

「きれぇ。。。」

たしかにキレイだった。
暗闇に光が飛び散り、街中を照らしていた。
川、電車、人々の群れ、月、、、それらに花火が加わることで夏の風景が完成した。

「私、あの、落ちていくのが好きなの」

K子は金色の花火を指差して、そう言った。
花火は止まることなく、打ち上がり続けた。

「あれ、ドラえもんじゃない?笑」

醜いドラえもんの花火を見て、K子はとても嬉しそうだった。
彼女の発言に何らかの意図があったとしても、僕はどうでも良かった。
そのうち彼女はケータイを取り出して、花火を取り出した。

「全然うまく取れないんだけどー苦笑」

「花火は撮るもんじゃない、目に焼き付けるもんだよ」
そう言いかけたが、未来を想像して発言を避けた。僕はニッコリ笑った。

A氏は花火が好きではなかったが、その日の花火は鮮やかで、おそらく忘れられないものになりそうだった。

「花火はこのくらいの距離がちょうどいいね」
「そうね、ほんと急いで良かった」


30分ほどすると、A氏はすっかり飽きてしまった。
K子は黙って夢中で眺めているようだった。
しかし、明らかに最初より少し飽きているようだった。


A氏は沈黙を愛した。
意図的に沈黙をすることさえあった。
距離が近づくのに言葉は不要なんだということが
彼が生きてきた中で学んだ数少ない真理の一つであった。


気づけば、K子はA氏に身を寄せていた。
普通の女性が、当たり前のように行う仕草をK子は自然に行った。
A氏は彼女の体温を浴衣越しに感じていた。
しかし、そんな動作の一つでさえ、抵抗しようという意志と
圧倒的な反発心が喉の奥から。





彼女は僕の何に好意を抱いているんだろうか。
それは人間性なのだろうか。
年収だろうか、ステータスだろうか。
実際にK子はA氏の核心や本質には迫ろうとしなかった。

距離をとるというよりは、
興味がない気がした。


その疑念が、彼に反発心を起こした。
私は今はそう解釈している。


すごく満たされているようで、
逃れたい一心だった。
ただ、逃れることはできなかった。

事はそんなに単純ではないのだ。
少なくとも彼の中では。

2012年8月26日日曜日

A氏の平凡な日常③

「あ、ごめん、Aだけど、少し遅れると思う」「駅じゃなくて、家まで車で迎えに行くから待ってて」
「大丈夫ですか?」
「お客さんの予定が急に変更になっちゃって、ごめんね、終わったらすぐ連絡するよ」

土曜日だったが、A氏には仕事が入っていた。
仕事がある方がむしろ気が紛れて彼には良かったのかもしれない。
花火大会なんてのは、行きたいわけがないのだから。


顧客との面談が終わると、笑顔で握手を交わし、K子の家まで急いで車を走らせた。

僕らはひと月前から、いわば「付き合っている」状態になったのだった。


お世辞にも僕とK子は相性が良いとは言えなかった。
しかし、K子が僕に少なからず好意を抱いているという事実と、悪い人ではなさそうだという直感が判断を促した。

A氏の決断はしばしば理にかなっていないことが多くあった。
人間は感情で動く不合理な生き物かもしれないが、A氏はそれが顕著だった。
スプーンを買いに行ったはずだったのに、急にフォークが欲しくなって、帰ってからスプーンがなくて困るような、そんなことが日常茶飯事だった。
彼はそのことに気づいてはいるが、なぜ頻繁にそうなるのかは分かっていなかった。

今回の彼の判断が正解かどうかは全く分からないが、
彼自身は一過性の高揚感を味わったはずであろう。


「あ、もしもし僕だけど、今終わって向かってるから」
「あと20分くらいかな」

車内ではglobeの曲がかかっていた。


花火は好きじゃなかった。
はっきり言ってデートの場所なんんてどこだっていい。
気苦労はどこだって消えないのだから。

歩道には浴衣を着たカップルが何組か歩いていた。
朝から雨が降り、中止かと思われたが、雨はすっかり止んでいた。


「あ、もしもし」「もうマンションの下に着いたよ」「えーと、黒のプリウス」「はーい、じゃ待ってまーす」


助手席に置いていた雑誌をどけて、さっきまで面談をしていた顧客にメールを打った。

A氏はiPodのアーティストをグルグル回し、tahiti80で止めた。

コンコン

マンションの入り口から出てきたK子が車を軽くノックした。
浴衣を着ていた。いつもと印象が違ったので少し驚いた。


「お待たせー」
「浴衣、似合うね」
「ありがと、白にしてみたの」
「うん、似合ってる」

2012年8月22日水曜日

A氏の平凡な日常②

K子は改札前に現れた。その姿は美しいと言わざるを得なかった。

「遅れてすいません。行きましょ」

冗談みたいだが、印象派を思わせるような光を彼女は放っているようだった。
明らかにラインを強調するような、そんな服だった。
必要以上に誇示された笑顔が気になったが、人間はそこまで賢くなかった。

僕は彼女との距離感や温度を探りながら、話題をお気に入りの鞄から取り出していった。
駅から映画館は予想以上に近かった。


助走が足りないくらいだった。

「なんか飲み物買おうか」

「そうですね」

僕はキリンレモンを選び、彼女は爽健美茶を選んだ。
席はネットで事前に予約していたので、悪くない場所だった。
着くと、近くに日焼けした品のないカップルが腰を掛けていた。
僕は荷物を彼女に預けるとすぐトイレへ向かった。

僕の頭の中では前回の食事の時のK子の台詞がいくつか再生された


「そうですねぇ、友達にはよく変わってるって言われます笑」
「Aさんて優しいお方なんですね」
「私ほんと機械にめっぽう弱くて」

それらの会話をもとに、僕は無意識にK子のカテゴリーを探していた。

鏡を見る。つけてきたワックスが髪型を少し不自然にしていた。
水は生暖かく、汗ばんだ手をきれいにしてくれた。

「私、この映画ずっと観てみたかったんです」

K子は僕がトイレにいってる間にいじっていたケータイを鞄にしまい、僕の目を見つめてこう言った。

「良かったよ。僕の周りが絶賛してたんだ」

映画は一人で観るのが一番良いに決まってる。良い映画に他人の感想なんていらなかった。

「眠いんですか笑?」
「いや、ちょっと目が乾いたみたいで」

座席に腰をかけた途端に眠気が襲ってきた。
予告の映画で観客が一斉に笑ったシーンがあった。
僕はその笑いがさめた後の静けさが好きだった。
静けさの中に、人の呼吸や咳払いや人々のリアルな仕草が感じられるからだ。
彼女も熱心に予告を観ていた。

最近の映画は演技もできないようなイケメン俳優ばかりで面白みがないと思った。
どれもテレビで観るような顔ぶればかりだ。

あっという間に予告は終了し、本編が始まった。
その映画は、実話を元にしたヒューマンドラマだった。


途中から僕は映画を見ることを放棄して、
彼女と僕はつきあうんだろうかとか、
つきあったら、どんな日常になるんだろうかなんてことばかりを考えていた。

後で感想に困らない程度にスクリーンに目をやりつつ、
僕はくだらないことばかり考えていた。
彼女とのセックスも想像してみた。
男というのはホントにうまく造られている。


映画の内容は思ったより楽しいものではなかった。

映画が終わると、彼女はこっちを見て笑顔で何も言わずに大きく伸びをした。

「行こうか」

炭酸の抜けきったキリンレモンを飲み干し、
列が進むのを待った。


A氏は全く楽しくなかった。どう楽しめばいいのか教えてほしいくらいだった。

「私ちょっとお手洗い行ってきますね」


時計を見ると、16時45分。
地獄はいつまで続くんだ。


2012年8月18日土曜日

A氏の平凡な日常①



昼頃、A氏は目覚めた。
太陽の日差しがとても眩しかった。
ライトの点滅するケータイを取ると、通販サイトからの広告メールなどが来ていた。
それらを既読にし、またしばらくベッドで目を閉じた。
昨晩のハイボールが少しの頭痛を催している気がした。


A氏は大手金融企業に勤める32歳のサラリーマンである。
役職こそないが、そこそこな収入で十分に家族を養えるような収入を得ていた。
しかし、彼に家族はいなかった。
彼自身、家族を望んだりもしたが、彼の気難しい性格(少なくとも本人はそう思っていた)が結婚を遠ざけているようだった。


彼はベッドから起き上がると、洗濯物をまとめ、洗濯機を回した。
テレビをつけ、菓子パンをかじりながら、チャンネルを回した。
ひとまず好きな芸人が出演しているバラエティでチャンネルを止めた。
ゲストに好きなアイドルが出ていたというのも少なからずあった。


CM中にケータイがメールを受信した。
それは見知らぬ宛先からであった。


「昨日ご一緒させてもらった、K子です(絵文字)
昨日はありがとうございました(絵文字)
Aさんとはあんまりお話できなかったので、もしよかったらまたお会いしたいです(絵文字)」


A氏は昨日、同僚との合コンに参加していた。
頻繁にそういった類のものに参加しているわけではないが、
A氏は前よりも少し積極的になっていた。

その合コンではK子とA氏とほとんど話さなかった。

A氏のK子の印象は、そんなに悪くなかった。
しかし、正直言って惹かれるようなものでもなかった。


A氏は人間観察をする癖があった。
A氏の中で人種をある程度感覚的にカテゴライズしていた。
例外が現れると、カテゴリーを増やしていった。
A氏は人付き合いがあまり上手な方ではなかったので、
自分なりにこういった工夫をして、気苦労を減らしていた。

K子はそういう意味で未分類の人種だった。
おおよその見当はつくが、まだ分類してしまうには早すぎた。


K子からのメールは嬉しいものだったが、A氏にとっては気苦労の方が大きかった。

A氏は過去に何人かの女性と交際したことがあったが、
その都度彼は気苦労していた。付き合っている最中は気苦労に感じなくとも、終えてみるとそれは気苦労だった。
それは別に女性関係に限ったことではなく、人生全般にA氏の気苦労は耐えなかった。
それはまるで、人生の多くを自殺を留まることに費やしてしまうようなカフカのようだった。

A氏はそんな自分を客観的に認識しているつもりであった。
そして、悲観的ではなかったが変えようという気があった。
なぜなら、このままでは結婚でさえろくに出来ないと危機感を抱いていたからだ。
A氏は結婚については興味がなかったが、子供には興味があった。
自分の子供が、自分の気苦労を軽減させてくれる唯一の存在になりうるのではないかと思っていた。


A氏はそういったごちゃごちゃした思考を振り払い、
K子に返信した。そのメールは今度ふたりで食事に行きましょうという旨のものだった。


洗濯機がピーと終了の合図を鳴らした。
その時A氏は脱ぎっぱなしの靴下を入れ忘れたことに気づいた。